イエローモンキーの代表作“JAM”

イエローモンキーの代表曲と言えば、何が思いつきますか?

私は、イエローモンキーのありとあらゆる曲を聞いて
歌詞も覚えているので、私の中でのイエモンの代表曲が
どれかなんて、わからなくなってますけど、
世論を見てみると、“JAM”でしょうねぇ。

ザ イエローモンキーの9thシングルで、初登場でトップ10入りし
その後も、じわじわとロングセールスし、累計で約80万枚もの
セールスを記録しています。

“JAM”はたくさんのアルバムに収録されていますが、
イエローモンキー非公認のアルバムながら、
“THE YELLOW MONKEY”の名前で出したアルバムの中で、
ミリオンセラーを記録し、一番のヒットとなった
「TRIAD YEARS act1〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY」
は、必聴です!



JAMの歌詞でいろいろと物議を醸した
「外国で飛行機が落ちました
 ニュースキャスターはうれしそうに
 乗客に日本人はいませんでした
 いませんでした いませんでした」
の部分。

結局のところ、何が言いたいかは
吉井和哉さんのみぞ知るということなのです。

さて、act1、act2では、どちらのほうが良いか
ということもイエローモンキーファンの間では、
結構言われます。

売り上げ枚数と同様、act1の方が人気は高いですが、
私は、断然、1枚のアルバムとしてはact2が好きです!

THE YELLEOW MONKEY Cherry Blossom Revolution Live at BUDOKAN

イエローモンキーの大ファンである私は、最近は、
ネットでイエローモンキーの画像を探しています。

そんな私は、イエローモンキーのライヴビデオやDVDは、
まぁ、ある程度持っています。

昔のイエモンのライヴビデオの中で、「Cherry Blossom Revolution」という
ライブビデオがあるんですが、この中で、イエローモンキーの3rdシングル、
「悲しきAsian Boy」を歌う前の吉井和哉さんのセリフが大好きなんです!

『桜舞い散る国でした。夢よ飛び散れ花となれ!日本国旗に敬礼を!』

『悲しき〜!Asian!Booooooooooy!!!!!』

かっこいいですねぇ。

イエローモンキーのライヴにしか行ったことないので、
他のアーティストのライヴがどんな感じなのか知らないのですが、
イエローモンキーのライヴはとっても楽しいです。

私が学生時代はイエローモンキー全盛期だったので、
バンドがイエローモンキーのコピーをいっぱいしてました。
そして、吉井和哉さんの真似をしてました。

イエローモンキーのライヴでは様々な演出が!

イエローモンキーの大ファンである私は、イエローモンキーのライヴに
3度行ったことがあります。

その中の演出(?)でカッコよかったのはたくさんありますが、
今でも鮮明に覚えている演出もたくさんあります。

また、イエローモンキーは(特に、吉井和哉さんと廣瀬洋一さん)、
おちゃらけたキャラも持っているので、ライヴがとっても楽しいです。

「FOUR SEASONS TOUR」だったんですけど、
“Moonlight Drive”に入る前に、吉井和哉さんが足元の
照明のところに座って、三国さんのキーボードの演奏を
バックに語り始めました。

「ドライブに行かないか?」

「ターボだぜ」

「ツインカム」

「しかも四駆だぜ」

一言言うたびに、お客さんの反応を菊池英昭さんと
確認しあってるのが可愛かったです。

Emma(菊池英昭)さんは、恥ずかしがりなので、
俺の方を見るなよ〜って感じでした(笑)。

「月光のぉ〜…ドラ〜〜イブ!」

イエローモンキーのライヴしか行ったことがないので、
他と比べることができないんですが、楽しくて、可愛くて、
カッコよくて…、もう最高です!

イエローモンキーを好きになったきっかけ

イエローモンキーの大ファンである私。

そんな私がイエローモンキーを好きになったきっかけは、当時、
聞いていた「福山雅治オールナイトニッポン」(月曜深夜1時)を
聞こうと思ったら、曜日を1つ間違えて、火曜深夜1時に
オールナイトニッポンを聞こうとしてしまったのです。

火曜深夜は「吉井和哉のオールナイトニッポン」だったのです。

7作目のシングル「追憶のマーメイド」
たしか、95年、私が中2の時の夏です。

福山雅治さんじゃないし、イエローモンキーって、
どんなバンドなんだろう?と思いながら、
ラジオのチャンネルを変えずに聞いていました。

すると、曲紹介のコーナーで、吉井和哉さんが、
「ザ イエローモンキーの新曲を聴いていただきましょう。
 追憶のマーメイド!」
と言うと、追憶のマーメイドが流れました。

何となく聞いたことのある曲だなと思っていたんですが、
その日は、イエモンの追憶のマーメイドを何回も流し、
そのうちに、ハマってしまったのです。

後日、早速、イエローモンキーの追憶のマーメイドを購入しました。

ここから、私とイエローモンキーの長い付き合いが始まったわけです。

(と言っても、イエローモンキーは私のことを知りませんが…笑)

イエローモンキー デビューアルバム

イエローモンキーは、シングルCDを24枚のリリースしました。

ところが、現在では主流になっているマキシシングルではなく、
何と言うんでしょうか、小さいサイズのシングルが多く、
現在ではあまり置いていません。
(「Romantist Taste」から「So Young」くらいまで)

イエローモンキーのアルバムは、現在でも、
全て入手できると思います。

イエローモンキーのメジャーデビューアルバムは、
「夜行性のかたつむり達とプラスティックのブギー」
“The Night Snails and Prastic Buggie”
というアルバムです。



吉井和哉さんのアップですねぇ(笑)。

イエローモンキーは、デヴィッド・ボウイ、ミック・ジャガーなどの
流れを受けているグラムロックの色が非常に強く、また、当時は、
女装に近い服装で、ヴィジュアル系にも見える感じでした。

イエローモンキーが売れてからこのアルバムを聞くと、
こんな時代もあったんだなぁ、という感じですが、
私は、この頃のイエローモンキーも大好きですねぇ。

ザ イエローモンキー(イエモン)のプロフィール

イエローモンキーが結成されたのは1988年のことで、
イエローモンキーのメジャーデビューは1992年のことでした。

イエローモンキーデビュー時のメンバー構成は、
吉井“LOVIN”一哉:ボーカル&ギター
廣瀬“HEESEY”洋一:ベース
菊池“EMMA”英昭:ギター
菊池“ANNIE”英二:ドラム
(結成当時は吉井和哉がベース、89年に菊池英昭が加入)

イエローモンキーがリリースしたシングルは、計24作。
オリコンシングルチャートで1位を記録したのは、
14作目の「球根」で、最も売り上げを記録したのは、
13作目の「BURN」で約90万枚。

イエローモンキーがブレイクしたのは、95年にリリースされた
8作目のシングル「太陽が燃えている」が、初のオリコン
シングルチャートでトップ10入りを果たしたことからです。

最後のサビの「たい〜ようが〜」の部分で
力を込めて唄う部分がかなり知れ渡り、
イエローモンキーが認知されていきました。

また、イエローモンキーがリリースしたアルバムは、
私の知る限り、17作(非公認のアルバム含む)です。

イエローモンキーのアルバムで、オリコンアルバムチャート
1位を記録したのは、オリジナルアルバム5作目「FOUR SEASONS」、
6作目「SICKS」、7作目「PUNCH DRUNKARD」、非公認のアルバムである、
「TRIAD YEARS act1 〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY」と
「TRIAD YEARS act2 〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY」の
計5作。

イエローモンキーの作品でミリオンセラーを記録したのは、
「TRIAD YEARS act1 〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY」です。

2001年にイエローモンキーは活動を休止し、2004年7月7日に解散しました。